【大河ドラマ 軍師官兵衛】後藤 又兵衛(ごとう またべえ)の波乱の生涯

【大河ドラマ 黒田官兵衛】後藤 又兵衛(ごとう またべえ)の波乱の生涯

黒田家の家臣、後藤又兵衛(ごとうまたべえ)役は、塚本高史(つかもとたかし)さんです。
本名「後藤基次」で黒田家の家臣「黒田24騎」の1人でさらに精鋭を選んだ「黒田八虎」の1人でもあります。

大河ドラマでは官兵衛に許されたようなシナリオですが、
実際に許されて黒田家に復帰するのは黒田長政が許可したらしいです。

晩年では槍働きで大活躍しますが、大名になったとたん天狗になったのでしょうか?
主君長政との関係は悪化していきます。

大河ドラマでは今後黒田家のキーマンとなる後藤又兵衛(塚本高史)。
いい演技を期待してますよ!!!

後藤 又兵衛

後藤又兵衛の波乱の生涯

1.荒木村重の謀反の際、黒田官兵衛は小寺政職と共に裏切った藤岡九兵衛を許さず、一族同罪として後藤又兵衛を黒田家から追放した。

2.後藤又兵衛は仙石秀久などに仕え、四国征伐などに従軍したが、しばらくして、黒田長政が後藤又兵衛を呼び戻した。

3.黒田官兵衛が「反逆人の一族は近くに召し抱えるな」と命じたので、黒田長政は家臣・栗山善助に後藤又兵衛を預けた。

4.栗山善助の家臣であったが、豊前一揆や朝鮮出兵・関ヶ原の合戦のときに活躍し、黒田家の家老と同等に扱われるようになる。

5.1万6000石の大隅城の城主となるが、他国の大名と書状を頻繁に取り交わすようになったため、黒田長政に咎められ誓紙を差し入れた。

6.黒田長政と関係が悪化している豊前国の細川忠興と通じているという噂のため慶長11年(1606年)に黒田家を出奔。

7.細川忠興や池田輝政などに仕官しようとするが黒田長政の横槍が入り浪人生活が続く。

8.大坂夏の陣のとき、浪人となっていた後藤又兵衛はこれに加わり、大阪城で籠城し、伊達政宗の軍勢の鉄砲に撃たれて戦死した。

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